2021年4月の初飛行以来、想定をはるかに超えて活躍を続けているNASA(アメリカ航空宇宙局)の火星ヘリコプター「インジェニュイティ」。そのインジェニュイティの次回の飛行へ向けてのチェック中に、ナビゲーションセンサーの1つである傾斜計が故障していることが判明しました。それについてNASA・JPL(ジェット推進研究所)でインジェニュイティのチーフパイロットを務めるHåvard Grip氏が、インジェニュイティのウェブページで近況報告を書いているので概略を紹介します。
インジェニュイティのナビゲーションコンピュータに実装されたアルゴリズムが正しく機能するには、離陸前にインジェニュイティの姿勢を推定して初期化する必要があります。2つの加速度計からなる傾斜計は、重力の方向を検知することで離陸前のインジェニュイティの姿勢を推定します(傾斜計は飛行中には使用されません)。
その傾斜計は故障したことで初期姿勢の推定ができなくなりました。ただGrip氏によると、慣性計測装置(IMU)に含まれる加速度計を使っても初期姿勢を推定することができるとのことです。IMUは、飛行中に3方向の加速度と角速度を測定するための装置です。静止姿勢を検知するよう設計されているわけではないので精度は多少落ちるものの、安全な離陸には問題ないそうです。
傾斜計の代わりにIMUを使うには、インジェニュイティのフライトソフトウェアが傾斜計ではなくIMUからのデータを受け取るように修正する必要があります。ただ今回のような状況が発生することはすでに想定されており、火星に到着する前に必要なソフトウェアパッチは準備されていたとのこと。ソフトウェアを修正する作業はすでに進行中です。
厳しくなる冬の間の運用
インジェニュイティはもともと、暖かい春の時期に30火星日の間だけ飛行試験を行う予定になっていました。しかし順調に飛行が成功してきたことで、新たな問題に直面しています。
探査車パーサヴィアランスとインジェニュイティがいる火星のジェゼロ・クレーターは現在、季節が冬に向かいつつあります。インジェニュイティは夜の間、損傷から守るためにヒーターを使って機器を温めていました。しかし大気中の塵の増加や、日中の気温の低下、また日が短くなることも相まって電力が不足し、夜通し保温しておくことができなくなりました。
そこで冬の間、夜間は内部温度をマイナス80℃ほどに下げ、搭載されている電子機器をリセットすることになりました。ただインジェニュイティの機器は、そのような低温に耐えるように設計されてはいません。また日中と夜間の極端な温度差が、機器の故障につながる恐れもあるとのことです。
きびしい運用が予想される中、現在はインジェニュイティの29回目の飛行に向けて準備が進められています。