かに座の方向、地球から約35億光年の距離にある銀河OJ 287の中心には、太陽の180億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在しています。そのブラックホールのまわりには、太陽の約1億5000万倍の質量を持つブラックホールが、大きくゆがんだ楕円軌道を衛星のように周回しています。
大きなブラックホールの周囲には「降着円盤」と呼ばれるガス円盤が存在しています。小さなブラックホールは、その降着円盤と交差するように周回しており、降着円盤を突き抜ける際に天の川銀河全体よりも明るい光を放つフレアが発生します。フレアは12年に2回の頻度で起こってきました。
小さなブラックホールの楕円軌道は、1周するごとに近点が移動しています。そのため12年に2回の降着円盤との衝突は完全に周期的に起きるわけではなく、異なるタイミングで起こります。フレアは1年間隔で発生することもあれば、10年間隔で発生することもあります。
小さなブラックホールの軌道をモデル化して、フレアの発生時期を予測する試みは以前から行われてきました。2010年には、約1〜3週間以内でフレアを予測できるモデルが作られました。2015年12月には、フレアの発生が3週間以内で予測され、そのモデルの正しさが実証されました。
2018年には、フレアの発生時期を4時間以内で予測できるとするモデルが発表されました。新たなモデルの正しさを検証できる機会は2019年7月31日に訪れました。その日に発生するフレアを観測してモデルの予測と比較できれば、モデルが正しいかどうかが分かります。
しかしその時期には、かに座の方向に太陽があり、OJ 287を地球から観測することはできませんでした。ただそのとき、OJ 287を観測できる位置にいた望遠鏡がありました。NASA(アメリカ航空宇宙局)のスピッツァー宇宙望遠鏡です。
2003年に打ち上げられたスピッツァー望遠鏡は、地球を追いかけるように太陽をまわりながら天体の観測を行なってきました。スピッツァー望遠鏡が太陽を公転する軌道は、地球の公転軌道よりわずかに大きいため、太陽を1周するのに地球より時間がかかります。そのため時間の経過とともに、スピッツァー望遠鏡は少しずつ地球から離れていきました。そしてOJ 287のフレアが予測された時期、スピッツァー望遠鏡は地球から約2億5400万km離れたところに位置しており、OJ 287を観測することができたのです。なおスピッツァー望遠鏡は、2020年1月に運用を終了しました。
スピッツァー宇宙望遠鏡によってモデルの予測どおりにフレアが観測され、モデルの正しさが確認されました。そしてその研究成果を報告する論文が2020年4月末に発表されました。
新しいモデルでは、重力波の影響を考慮することでフレアの発生時期の予測を1日半まで絞り込みました。さらにブラックホールの「無毛定理」を組み込むことで、フレア発生時期を4時間まで絞り込むことに成功しました。
無毛定理とは、ブラックホールを特徴づけるのは質量、自転(角運動量)、電荷の3つだけで、ブラックホールの表面(事象の地平面)には凹凸などはなくなめらかだとするものです。言いかえると、回転軸に沿ってブラックホールを切ると対称になるということになります。
もし大きなブラックホールの形が対称でなく、仮に一方に膨らみがあったとすると、まわりの空間のゆがみが変わり、小さなブラックホールの軌道に影響してフレアのタイミングが異なることになります。
新しいモデルによって、小さなブラックホールの軌道とフレアのタイミングを正確に予測できたことは、無毛定理を観測的に検証することにもつながったのです。
Image Credit: NASA/JPL-Caltech
https://www.nasa.gov/feature/jpl/spitzer-telescope-reveals-the-precise-timing-of-a-black-hole-dance