太陽から木星までの距離は、地球と比べると5倍以上もあります。木星が受ける太陽光の量をもとに計算すると、木星の高層大気の平均温度はマイナス73℃ほどになります。しかし実際には420℃もあることが観測から分かっています。なぜこれほど木星の高層大気の温度が高いのかについては50年来の謎で、この食い違いは「エネルギー危機(energy crisis)」とも呼ばれてきました。
今回、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のジェームズ・オダナヒュー氏らの研究によって、この高層大気の温度上昇の熱源と見られるものが見つかりました。木星高層大気の全球温度マップを作成することで、その熱源がオーロラであると示すことに成功したのです。オーロラは従来から熱源候補として注目されてきましたが、これまでの観測では肯定も否定もできていませんでした。
研究チームは2016年4月と2017年1月の夜、ハワイ島マウナケアにあるケックII望遠鏡で5時間ずつ木星を観測しました。ケックIIに搭載された近赤外線分光器(NIRSPEC)で、木星高層大気(電離層)の主成分であるH3+イオンからの輝線を極域から赤道まで検出し、輝線の強度から温度を導き出しました。
これまでの木星高層大気の温度マップは数ピクセルだけで構成されていたため、木星全体の温度変化を理解することは困難でした。研究チームではケックIIの高性能を活かして木星の表面温度の計測点の数を増やし、計測値の不確定性が5%以下の場合にのみ値を反映させたマップを作成しました。「データを注意深く抽出してマッピングし、分析するには何年もかかりました」とオダナヒュー氏は言います。最終的には1万を超えるデータポイントからなる温度マップが出来上がりました。
木星高層大気の温度マップは、オーロラのある高緯度地域から赤道に向かって温度が低下していくことをはっきりと示していました。これは高緯度で加熱された大気が、赤道への風によって低緯度へと運ばれることで、オーロラにより持ち込まれたエネルギーが木星全体を循環していることを示しています。
木星は1周10時間ほどで高速に自転しています。従来の木星高層大気の全球モデルでは、赤道へ向かう風は、木星の速い自転の影響で西向きに曲げられてしまうとされていました。そのためオーロラのエネルギーが低緯度へと拡散されて加熱することをさまたげると見られていたのです。しかし今回の観測結果からは、そのようなことは起きておらず、極域から低緯度に吹き出す風が従来の予想より強いことが示されました。
「オーロラからかなり離れたところで、奇妙な局所的な加熱領域があることも明らかになりました」と研究チームのイギリス、レスター大学のTom Stallard氏は言います。「それが何であるかははっきりしませんが、オーロラから赤道方向へ伝わる熱の波であると私は確信しています」
JAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」は2013年の打ち上げ以来、地球周回軌道上から木星のオーロラを観測してきました。長期にわたる観測から、木星のオーロラは太陽風に大きく影響されることが分かっています。より強い太陽風が木星の固有磁場と衝突すると、木星側の磁場が強く圧縮されオーロラが増光します。
今回、研究チームは、強まった太陽風により増光したオーロラを起源として、高温領域が低緯度へと伸びている様子も観測しました。ケックIIでの観測時、たまたま木星では太陽風が極めて強い状態でオーロラも強くなっていたのです。
「熱が伝播する様相をとらえられたことはとても幸運でした」とオダナヒュー氏は言います。「もし木星を観測したのが別の日で太陽風が強いという条件がそろわなかったら、私たちはこのような成果を得られませんでした」
Credit: J. O'Donoghue (JAXA)/Hubble/NASA/ESA/A. Simon/J. Schmidt