宇宙は誕生直後、インフレーションと呼ばれる急膨張を起こし、インフレーションの終了とともに高温・高密度の火の玉(ビッグバン)宇宙となったと考えられています。インフレーション時には「親」宇宙から「子」宇宙(多元宇宙)が次々に生まれた可能性があります。その「子」宇宙が、ダークマター(暗黒物質)候補の一つである原始ブラックホールになったとする理論がこのたび提唱されました。Kavli IPMU(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構)とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者からなる国際共同研究チームによる研究です。
原始ブラックホールは宇宙初期に形成されたブラックホールのことで、1970年代前後に提唱されました。大質量星が自身の重力で崩壊してできる通常のブラックホールとは異なるものです。その原始ブラックホールは、私たちの宇宙の物質の85%を占めるとされる正体不明のダークマターである可能性があります。
これまでの理論研究から、高温・高密度の火の玉(ビッグバン)宇宙だったころに平均から30%ほど密度の大きな空間領域が存在すると、強い重力のために空間自身が崩壊して原始ブラックホールが形成されると考えられています。一方で、インフレーションの際に生じた密度ゆらぎは非常に小さかったことがわかっており、原始ブラックホールはごく稀にしか形成されません。しかし宇宙空間は広大なため、宇宙初期のさまざまな場所で形成された原始ブラックホールがダークマターになりえます。初期宇宙のさまざまな物理過程で、原始ブラックホールが形成される可能性があることが分かっています。
研究チームは、インフレーション時に生まれたかもしれない「子」宇宙から原始ブラックホールが形成された可能性に着目しました。インフレーション時には私たちの宇宙から多くの「子」宇宙が生まれた可能性が従来から提唱されていました。研究チームはその多元宇宙のうち、小さな「子」宇宙が収縮することで原始ブラックホールが形成されたとする理論を提唱したのです。
また、アインシュタインの重力理論からは「子」宇宙が臨界サイズより大きい場合、「子」宇宙の内側にいる観測者と外側にいる観測者とでは、「子」宇宙が別のものとして見えると予言されます。内側の観測者からは「子」宇宙は膨張し続けているように見え、一方、私たちも含む外側の観測者からはその「子」宇宙がブラックホールとして観測されます。私たちからは「子」宇宙は原始ブラックホールとして認識されるのです。
研究チームは、この理論で示されたシナリオが、ハワイのすばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラHSC(ハイパー・シュプリーム・カム)を用いた原始ブラックホール探索の観測で検証できることを示しました。この理論研究に基づいた追観測が本格的に始められており、観測の面から原始ブラックホール形成の謎を解く手がかりが得られると期待されます。
(参照)Kavli IPMU